2016年8月31日水曜日

赤土にごろんと転がる日本人の墓ひとつ


Derby

日本人の方の墓石が、ごろんとひとつ、ダービィーの町外れにある今は使われていない墓地に転がっていました。


The Pioneer and Aboriginal Cemeteryという墓地です。
  



説明によると、設立されたのは1908年ごろ。約五百人の埋葬が記録されている。しかし、多くは当時近郊から無給で働きにきていた(働かされていた)アボリジナルの人々で、名前もわからない。もとは中国人の区画もあったが、今は残っていない。


アリ塚(左下)のほうが存在感がある、閑散とした墓地。



そんななかに、日本人の名前が刻まれた墓石がころんと一つ。



「向井吉秋之」でしょうか? 戒名はなし。





大正何年って書いてあるのか? 旧字が読めませんが、大正四年?4月21日。
約百年前。それにしては白い字がはっきりしています。





和歌山県東牟婁郡太地村。太地からはブルームに真珠ダイバーとして出稼ぎに来ていた人が多い。この方もダイバーだったのか。しかし、56歳。ダイバーとしては年配のような気もするし、なぜここに一人。それとも当時は他にも日本人の墓があったのか。
でも、だれがこの墓を立ててくれたんだろう。


ダービィー。西オーストラリア州の北、パースから2,383km北東、ブルームから 221km。




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